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学校が身だしなみに口を挟むって古くない?

 

昨日このようなツイートを拝見。

 

 

 

脳科学者の茂木健一郎さんのツイートですが、都内の都立高校で「地毛証明書」を提出させている学校があるといったニュースに対するリアクションのようです。

 

こちらがその地毛証明書に関するヤフーニュースのリンク:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6238271

 

茂木さんのおっしゃる通り私も「地毛証明書」とかくだらないなーと思っているのですが、それ以前に学校で身だしなみを規制するとかもう時代遅れだと思いませんか?

 

近代においてはセクシャルマイノリティに対する理解の促進、国境を越えての移動の活発化、差別や偏見を撤廃する取り組みなど、大枠として多様性を尊重・受容しようという流れになっています。

 

そんななかで「染髪・パーマは認めない」、「ボタンは全部閉める」、「スカートの丈は膝下」などの身だしなみに関する規律って時代に即してないですよね?

 

「これらは社会人としてのモラルやマナーを身に着けさせるためだ。」っていう反論をお持ちのあなた。

 

私からしてみればその反論がすでに偏見的ですね。

 

この意見って「社会人は人に好まれる身だしなみをしなくてはならない。」という偏見じゃないですか?

 

とりあえず話を簡潔にするために「茶髪より黒髪が世間的に好ましい」という状況のみにファーカスして話を進めます。

 

この「茶髪より黒髪が世間的に好ましい」という状況。

 

これって無意識的偏見じゃないですか?

 

茶髪だからと言って仕事ができないわけではないし、黒髪だからと言って能力の保証をするわけではありません。

 

ただ「茶髪より黒髪が世間的に好ましい」という状況がある以上、社会人はその方向に向かわざるをえないんですね。

 

これは、地毛が茶色い人を苦しめるばかりか、茶髪にしたいという願望に対して抑止的圧力をもたらしていますね。

 

この状況を改善するには、「茶髪より黒髪が世間的に好ましい」という風潮をアップデートし、「茶髪でも黒髪でもどっちでもいい」という髪色に対して無頓着な風潮を醸成しなくてはならないのです。

 

そうするためには、教育の第一線にいる学校がそこに関して受容的になること以外に方法はないと思います。

 

それに、そもそも現状として、生徒たちは茶髪がフォーマルなシーンににおいてふさわしくないと思われていることぐらい大抵気づいている。

 

その証拠に、受験の面接では黒戻しをするし、就職活動では同様に量産型女子大生の髪はまたしても黒く戻る。

 

要は学校に規制なんかされなくたって、何が世間的にウケがいいのかぐらいみんなわかってるんだよ!!!!

 

だから、学校が身だしなみに関する規律を設定したところでそれは単に生徒たちから選択の自由を奪っているだけで、しつけにもなっていないです。

 

むしろ、そういった規律によって、せっかくの個性は発揮されることなく同一化され、髪を染めていない人のほうがいいというような一種の偏見が助長されていると思います。

 

よって私は「学校の身だしなみに関する規律を完全撤廃しよう」という提言をして、終わりとします。

 

(スカート短いほうが履くほうも見るほうもハッピーになるしね。笑)

 

しょう

 

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