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100円のコーラを1000円で売れることにどれほどの価値があるだろうか?

 

フラッとブックオフに立ち寄った私は、なんとなく本を眺めていました。

 

 

「100円のコーラを1000円で売る方法」!!!

 

 

我こそは!と言わんばかりに主張しているおもて表紙。

 

確か、マーケティングのカテゴリにあったと記憶しています。その本自体は読んでいないんですが、いいキャッチコピーのせいかしばらくたった今でもよく覚えています。

 

100円のコーラを1000円で売る方法…

 

惹かれる!!

だって、

 

お金、欲しいですもんね。

 

みんさんもきっとお金はほしいと思うんです。

めちゃくちゃほしいとはいかなくても「ないよりはあるほうがいいなー」ぐらいには思ってるはずです。

 

なんで私たち、お金が欲しいんでしょう。

 

好きなものが買いたいから、おいしものが食べたいから、旅行に行きたいからなどなどと理由はいろいろあるでしょう。

じゃあなんで、好きなものが買いたいのか、おいしいものが食べたいのか、旅行に行きたいのかって考えたときに、

 

結局、それは「幸せになるため」だと思うんです。

 

 

私たちはお金で買える幸せがあるということを知っています。

ですから、お金が欲しいと思うわけですね。

 

「100円のコーラを1000円で売る」ということは、確かに魅力的です。お金を稼ぐということは、大半の場合、人に価値を提供することだからです。

100円のコーラを1000円の価値があるものに変える力というのは、素晴らしいことに間違いありません。

 

 

ただ、どうしても腑に落ちないんです。

 

 

それは、お金を稼ぐということがゼロサムゲーム的な要素を持ち合わせているからかもしれません。

ゼロサムゲームというのは、利得の総和がゼロになるような状況のことを指します。

つまり、100万円手にした人がいるとしたら、100万円失った人がいるっていう具合です。

(経済成長や市場拡大などを考慮すれば必ずしもゼロサムゲームになるとは言えませんが、少なくともその傾向は持ち合わせているでしょう。)

 

例をあげましょう。

年収300万円のサラリーマンが「100円のコーラを1000円で売る方法」を身に着けて、年収3000万になったとします。

となると、他の誰かが2700万円損をしていることになります。

ここで損をするのはこのサラリーマンに対価を支払った人ではなく、このサラリーマンの影響で、自分の収入が減ったなどというような人たちのことです。

 

いくらいい価値を提供しているとは言え、これでは、兄弟でケーキの取り合いをしているようなものです。

このようなときみなさんはどうしていたでしょうか?

間違いなく、ケーキを切って食べていたことでしょう。

どうしてケーキを切っていたのでしょうか?

簡単な話ですね。

一人で全部食べるよりも、切り分けたほうがみんながハッピーになるからです。

 

なんとなく見えてきました。

 

もしかしたら今私たちにに必要なのは、

 

「100円のコーラを1000円で売る方法」ではなく、「100円のコーラで幸せになる方法」なのかもしれません。

 

つまり、兄弟よりケーキをいっぱい食べる方法じゃなくて、分け合ったケーキを十分に楽しめる力だということです。

 

よくも悪くも幸せというのは、人によって感じ方が違う主観的なものです。

お金のように数値化することは極めて難しいといえるでしょう。

しかし、主観的で絶対量がないからこそ取り合いをしないで済むともいえます。

 

さきほど、お金はゼロサムゲームだといいました。

人が幸せになるのはノンゼロサムゲーム(ゼロサムゲームの反意語で、利得の総和が0にならに状況)です。

 

つまり、誰かが幸せになったからといいて、誰かが不幸になるなんてことは必ずしも起こりません。

 

昔の人は、世界大戦をしました。

ケーキを独占しようとしたんです。

その結果、自分の兄弟を殴り、そして自分も殴られました。

ケーキを得るどころかみんなが不幸になりました。

 

そこから、私たちは学びました。

 

みんなが不幸になるノンゼロサムゲームをしてはいけない。

みんなが幸せになるノンゼロサムゲームをすればいい。

 

みんなが幸せになれるノンゼロサムゲームとは何でしょう。

 

方法はいくらでもあります。

その一つで誰にでもできるのが「100円のコーラで幸せになれる方法」を身に着けることではないでしょうか。

 

世界一貧しい大統領といわれた元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏の言葉をお借りさせていただきます。

 

 

”「貧しい人」というのは、際限ない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。”

 

 

大事なのは「満足できる力」なのかもしれませんね。

 

私はお金の価値を否定しているわけではありません。先ほども言ったように、お金が稼げるということは素晴らしい価値を提供しているということだからです。

私が言いたいのは、私たちが追い求めているのは、お金ではなくてその先にある幸せでだということです。みんなが幸せであるためには、お金を稼ぐ以上に大切なことがあるということです。

 

そして、今まで以上に幸せに生きること、人をちょっぴり幸せにすることは例外なく誰しもができることなんです。

 

両親に感謝の気持ちを伝えること。

笑顔で挨拶をすること。

ちょっとしたいいところを褒めてあげること。

身の回りの美しいものに感動すること。

困っている人に手を差し伸べること。

 

100円のコーラで幸せになる方法を考えること。

 

ちっちゃすぎるぐらいのことでもいいんです。

 

きっと世界は少し良くなると思います。

 

この拙い文章が、小さなアクションのきっかけになれば幸いです。

そして、みなさんの毎日がよりいいものになることをこころより願っています。

 

 

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

 

文責:しょう

 

 

 

 

 

 

 

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